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墨岡通信

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2020年10月08日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-178

 弟さんも、奥さんも口が重かった。外泊などについても協力は約束してくれたが、この狭い住宅の一体どこにN・Hさんが泊れるだけのスペースがあるのだろうか。
 帰途、私達の足どりは決して軽いものではなかった。
 弟さんを責めることはできないことはよくわかっていた。この東京の空の下でN・Hさんが生活できる場所は、15年以上強制入院されていた私達の精神病院にしか現在のところあり得ないことも事実だろう。だが、このままでいたら、ますますN・Hさんの生きていくことが出来る場所はなくなってしまう。そして、精神病院は巨大な養老院と化してしまうのである。それが、日本の私立精神病院のまぎれもない明日の姿なのである。
 私達の頭上には高速道路が建ち、高層ビルの谷間をK駅まで区画整理された道路は続く、それはかつての日本の高度経済成長の下で、完全に忘れさられ、葬り去られたN・Hさんのこの15年間のまぎれもない象徴なのである。

 9月1日。N。Hさんは措置解除となり、生活保護による同意入院(保護義務者の同意による入院)に変更となる。
 弟さんの面会も月に一回位は可能となった。しかし、N・Hさんのかかえている状況はまだほとんど変化していないのだ。
 私が受け持っている慢性の開放病棟には、現在74名の患者がいる。衛生法の措置入院はまだ25名もいるのだし、ほとんどの患者が、10年以上も入院させられている人達なのだ。
 一体、私が精神科の医師としてこの人達にしてやられること、そして医療行為とは何なのだろうか。


(Ⅳ私的表現考/世界の病むこと 完)

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