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2026年03月02日
カテゴリー:院長より
見果てぬ夢の地平を透視するものへ-14-
私にしたところで、たとえそれが一片の幻想にすぎないにしろ、医療の現場で真に革新的な闘争をおしすすめるということを大学の場で一致した時点で(それ以外の闘いの実質はことごとく粉砕させられた時点で)、遂に医師という存在として歩きはじめたのだ。しかし、現在、昔の仲間の一体誰が闘争を担っていけるというのだろうか。
離人症の患者の内部で分裂していくものが《自我意識》だとするなら、時代の内部で深く深く分裂していったものは一体何なのだろうか。
だからこそ、私達は表現の場を求めている。人間のものとして、私達の生きている限りのものとして表現の場は要求されているのだ。そして、そこではあらゆる、人間に関する幻想を解体させなければならない。おびただしい《ひらきなおり》の羅列こそ、私達のものなのだ。
「その認識は我々に、我々の時を愛させる。我々の時とは、知覚させる最も小さな物のようにーーシャボン玉のように、波のようにーーあるいは最も簡単な対話のように、世界の混沌と秩序のすべてをその中に分割されていないままに包含するものだ」(メルロ・ポンティ)
(Ⅰ詩人論/山本太郎論 つづく・・・)
墨岡通信
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