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2016年06月13日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-136

例えば、エリクソンがあまりにも有名な彼の“自我拡散症候群”(Identity diffusion syndrom)の叙述のなかで人間存在の内部的在り様と、外部的在り様とを対応させ、この二者の統合を可能にしたと確信したとき、エリクソン自身の目に映っていたのは個人の具体的生き方に関する現象ではなく、客観的行為を<おれ>と<おまえ>という対立した視点に分解してしまったうえで<おまえ>を<おれ>の中に強引に組み入れてしまおうとする残酷な論理の構造であったことを忘れないでいたい。論理的にいかに明確であっても、それがすなわち人間の存在へと結びつかないことは誰でもが知っている。知っていながら何故論理を求めるのか。それはあたかも、この“現実”が理論を先取りしてしまう現代という時代の不安を象徴しているかのようである。

(Ⅳ私的表現考/表現の現象学 つづく・・・)

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