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墨岡通信

成城墨岡クリニックによるブログ形式の情報ページです。

2011年06月03日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-60-

 朔太郎にとっても、表現とのかかわりは次第に自分自身の心的状態の記録という形態をとりつつあったことは充分に自覚されていたことであった。朔太郎が『氷島』をどのような意図で書き綴ったのかは、現在では無論実証的推論の域を出ない訳だけれども、そこに私は朔太郎がつきつめていった表現方法の一つの帰結を見る思いがするのだ。朔太郎は充分に孤独であり、その運命はまさに自分以外の誰にも伝えようもなかったはずなのだ。
 そして、その孤独な表現が、現在の私達のひとりひとりを、自己の背負いこんだ状況とのかかわりという衣をきせたまま確実に引き裂くのである。
 『氷島』のなかの列車が突きすすむ闇の果ては、人間の意識のなかの最も寂しい場所であったように私には思われる。そこでは誰もが原初的な不安におののきながら、自己の来歴を執拗に問い続けているのである。

  わが故郷に帰れる日
  汽車は烈風の中を突き行けり。
  ひとり車窓に目醒むれば
  汽笛は闇に吠え叫び
  火焔は平野を明るくせり。
  まだ上州の山は見えずや。
  夜汽車の仄暗き車燈の影に
  母なき子供等は眠り泣き
  ひそかに皆わが憂愁を探れるなり。
  嗚呼また都を逃れ来て
  何所の家郷に行かむとするぞ。
  過去は寂寥の谷に連なり
  未来は絶望の岸に向へり。
  砂礫のごとき人生かな!
  われ既に勇気おとろへ
  暗憺として長なへに生きるに倦みたり。
          (「帰郷」)
(Ⅰ詩人論/朔太郎の内的世界つづく…)

2011年05月22日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-59-

例えば、状況からおびただしい関与をうけながら、しかもなお自己を極限にまで内向させようとする詩人の一人である清水えいは述べている。
 「朔太郎の底なしの不安は、青年期において爆発的にイメージを増殖し、壮年期においては逆に生理の衰退と共に作品が衰退していくのである。『氷島』における無惨といえるまでの人生詩には、青年期の異常で病的な美しさは影をひそめ、ただ言葉の形骸をなぞりながらの、かろうじて唄っている朔太郎の老いた姿があるだけだ。『氷島』を指して保田与重郎は『日本近代の慟哭』といったが、生理に宿ったが故の無惨な敗北でしかなく、時代認識の欠落がもたらした結果、朔太郎の作品は行き場を失っての慟哭どころか、すすり泣きにしか過ぎなかったのだ。」(「すすり泣きの朔太郎」)
 そして、一方では、吉増剛造は次のように述べるのだ。
「『月に吠える』『青猫』があってはじめて、あの悲愴な『氷島』が生きてくるのは勿論だが、朔太郎の作品系列を『氷島』を処女作に逆にならべかえてみると、朔太郎が感じていたであろう自責と無念さ、そして朔太郎をとりまく小天地がその狂暴な貌をあらわすようである。しかもそのことは朔太郎自身によって「『氷島』の詩語について」のなかに語りつくされているとおもう。『氷島』のポエジーしている精神は、実に「絶叫」という言葉の内容に尽されていた。」(「氷島・下北沢」)
 このようなRip-offは現象学的な方向性をもった表現というものは、単純に作者・表現者のものとしてあるのではなく、その詩・表現に接する、読者としての詩人の内的な意識の諸層のなかで、はじめて、一定の、そして豊かな方向性をもったものとして定着されるのだということをよくあらわしている。
 それは、単に想像力とか、創造力とかの範疇を超えた問題であり、個人の状況的(外的)関係と、内的な抑圧との間に懸垂した宿命的な人間個人の生きざまの世界からの投影であるはずである。
(Ⅰ詩人論/朔太郎の内的世界つづく…)

2011年05月08日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-58-

それは、例えば次のようなことにおける関わりとして理解されるであろう。
私が常に述べるように、方法的には、内的な抑圧=抑圧的な内的経験と、外的な抑圧=外的な状況との間の質的な転態を可能にしているものこそが、個人の意識の問題として、状況的な主観としてある共同主観としての表現行為である。そして、そこには私達の最后的な課題であるところの、人間的意識の内的な関与を、状況的な関与へと導き入れるという企図への可能性がこめられているはずなのである。
 だからこそ、まず私達が問題としたいのは心的な現象といった記述へと深くかかわる表現の所在である。
 朔太郎が、私達にとって心をひきつけられる存在であるのは、朔太郎の表現が、まさに萩原朔太郎という詩人個人の心的、現象学的な記述という側面を内包しているからである。
 そして、朔太郎という詩人が、近代詩・現代詩の発達のなかでさん然と輝く存在であり得たのは、単に詩的天才のためでも、非凡な感性のためでもなく、朔太郎の詩的表現が鋭く直接的に依存していた現象学的な方法によってだと言うことができるのである。
 だから、朔太郎の詩集が、その“詩的完成”をめざして構築されていく過程において、その詩的表現が現象学的に対象化しようとする内的世界の振幅によって、私達が受けとめる作品としての評価は、朔太郎自身の意図とはまるで関わりなく、大きく分散せざるを得ないのである。
 それが、まさしく詩集『月に吠える』から、詩集『氷島』への外形的な巨大な距離の意味なのであり、そして同時に朔太郎にとっての詩と、彼のアフォリズムとの関係の意味なのであったはずだ。
 朔太郎の詩は、方法的にその焦点をいくつかに移しながら、現象学的な表現の記述の方向へと遡行していったのだと私は思いはじめている。
 だから、『月に吠える』の評価と、『氷島』の評価とが(相対的に)まったく相異なるものとなることもあり得るということは特別に驚くにはあたらないように思う。それよりも、私の注意をひくのは、例えば個々の現代詩人の朔太郎へのかかわりあいかたのなかで、こうした二つの評価が、決定的に現代詩人の生き方そのものに密着した形で、詩人を二分極化せしめるということである。朔太郎の詩の多面性によってひきさかれるのである。
(Ⅰ詩人論/朔太郎の内的世界つづく…)

2011年04月28日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-57-

 M・ボスは次のように語ったことがある。
「存在しなければならないもののための、現出の場所として要求されていることのうちに、人間実在の意味があります。それに従えば、人間は、成仏を許されるように、その実在をまっとうすることができます。しかしながら、もし彼が自分の自由を、この意味を拒否することに利用すれば、彼は、自分の現存在にいつもなにか負目をもちつづけます。この実存的に負目のあることに、健康であろうと病的であろうと、あらゆる負目の感じと良心の呵責とが根ざしているのです。」
 ここで述べられているのは、心的現象としてのメランコリーの発生を開示性の問題として捉えることである。そして、それは同時に人間存在のもつ開示性という根本的様式を、母性との一体感のなかに体得する生き方の分析である。
 その間の問題を、ボスは「精神分析と現存在分析」の中で述べている。
 「現存在分析の観点からみれば、彼のものであり、それでもって彼が委託される生き方の諸可能性を、彼自身の上に責任もって引きうける意味で、彼自身であることに決して開いたことのない……。」

 ところで、私達はなぜ朔太郎の表現にこのようにまで心をひかれるのであろうか。なぜ、朔太郎が私達にとって問題とならなければならないのだろうか。
 朔太郎の内的な世界、自我の構造が、私達の希求する自我の構造とはまるでかけはなれたものであること、そして、朔太郎は、個人の心的現象のなかにおいても極端に開示性の閉ざされた存在であるということは、現在まで私が述べてきたことの一面での方法的結末でさえあるように思われる。にもかかわらず、なぜ私達は現にこのように、朔太郎を避けてとおれないのだろうか。

(Ⅰ詩人論/朔太郎の内的世界つづく…)

2011年04月15日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-56-

 朔太郎の、とりわけ詩集『青猫』の描き出す憂うつを基調とした表現世界は一体何ものの投影なのであろうか。
 私は、これらの詩が、朔太郎が遂には自我の同一性にまで沈降させた<自己愛>の屈折した映像にほかならないと考える。
 <自己愛>とはもともと厳しい内的な実体感によってささえられているものであり、それはまず母性との関係の内に定位されるものであるはずである。
 母が私を愛するように、私は私を愛する、のである。
 朔太郎が『青猫』を書き綴った時代は、朔太郎の最も激しい心理的動揺が認められる時代であった。それは、自分自身が内的にも、外的(主に経済的な問題として)にも父親から自立を強要されていた頃だった。無意識的な母親との心的共生状態と鋭く対比するものとして、父親の超自我が存在しはじめたのである。朔太郎のなかで非常に強固なものであったはずの生命の実体感=存在感が、それによって大きく崩れ去ったのである。
 こうした「心的外傷」が、朔太郎の自我を一定の方向へと大きく動揺させ、同時に詩的な表現として朔太郎自身もその由来を明らかに出来なかった憂うつ性を導き出していったのではないだろうか。
 朔太郎はやはりまぎれもなく「存在の悲しみ」を唄う詩人であったのだ。
 そして、その存在は、遠く母親の実体感へと結びつくのである。
 「穴」について、ウィニコットは、「乳房をむさぼり吸うことによって無を創造することだ。」と述べた。

  僕等はたよりない子供だから
  僕等のあはれな感触では
  わずかな現はれた物しか見えはしない。
  僕等は遙かの丘の向うで
  ひろびろとした自然に住んでる
かくれた万象の密語をきき
  見えない生き物の動作をかんじた。
  
  僕等は電光の森かげから
  夕闇のくる地平の方から
  煙の淡じろい影のやうで
  しだいにちかづく巨像をおぼえた
  なにかの妖しい相貌に見える
  魔物の迫れる恐れをかんじた。
 
  おとなの知らない稀有の言葉で
  自然は僕等をおびやかした
  僕等は葦のやうにふるへながら
  さびしいこう野に泣きさけんだ

  「お母ああさん! お母ああさん!」    (「自然の背後に隠れて居る」)

(Ⅰ詩人論/朔太郎の内的世界つづく…)

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